アンドロギュノスの神話

ギリシア神話の中に登場するアンドロギュノスの話は、なぜ人がセックスをしたくなるのかについて、根源的な欲求が描かれています。欠けているものの埋め合わせという観点からの物語は、セックスをイメージさせるのに役立つのではないでしょうか?

【アンドロギュノスの神話のあらすじ】

その昔、人間はふたりの人間の背中がくっついていて、ふたりでひとりになっていました。足が4本あり、手も4本、目は4つあり耳も4つ。数が多くて便利なように感じられるかもしれませんが、とても不自由です。どこに行こうとしても、お互いの考えがひとつにならないと進むことができません。ふたりの足が別々の方向を向いていては、歩いて目的地に向かうことができないのです。

どこに行くかを話し合うにしても、二つの頭が二つの口を使って議論し合い、なかなか結論が出ず、時間ばかりがかかります。ひとりの人間なのに、二つの頭と口があるために、うるさくて仕方がありません。こんな人間たちの姿を見ていた神様は、あわれに感じました。そこで、アンドロギュノスの背中を真っ二つに切り裂いて、ひとりの人間から、ふたりの人間を作ったのです。

ふたりはもともと同じ人間なので、顔も体もそっくりです。同じ姿の者がふたりいては区別がつかないため、一方の体にはペニスを、もう一方の体にはヴァギナをつけてわかりやすくしました。そのおかげで、アンドロギュノスは身軽になり、自由に動き回ることができるようになりました。

人間はもともとひとつの体が二つに分かれたので、世界のどこかにもうひとり、片割れがいるはずです。いつの日か、それぞれの分身を見つけたら、昔のようにひとつになりたいという欲求も生まれます。そのために、性行為でひとつになるのです。

【日本の神話にも似た話があります】

日本にも足りないところを埋めるという考え方に基づいた神話があります。古事記の中に登場するイザナギノミコトとイザナミノミコトの話です。天から降りてきたふたりは、オノゴロ島に降り立ち、国を作ろうとします。その時に天の神聖な柱を立て、それを中心にして御殿を建てました。大きな柱は、男性のペニスの象徴です。つまり、イザナギノミコトはイザナミと一緒にいて勃起していたわけです。

そこで、イザナギとイザナミが話し合ったところ、お互いの体はよくできているが、一ヶ所だけ不完全なところがあるという話になります。イザナギの体には余計に出っ張ったところがあり、イザナミの体には未完成で穴のあいたところがあったのです。そこでふたりは、互いの不完全なところを埋め合わせるためには、イザナギの出っ張ったところで、イザナミの穴をふさげばいいのではないか、と考えて性行為に及びました。

その結果、日本列島ができあがるのですが、愛は互いのかけているところを埋め合わせるものだということ、そのための行為がセックスであることを暗示する話です。

神話には、愛を伝える重要なメッセージが含まれているものです。セックスを理解させるために、神話を活用することもひとつの方法でしょう。

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