性教育積極論者の主張とは?

性教育についての考え方はさまざまです。積極的に推進すべきであるという主張がある一方で、すべきでないという主張もあります。一般的には性に開放的であると思われている米国においても、必ずしも「積極派」ばかりではありません。保守的なカトリック系キリスト教徒の中には、結婚するまで処女・童貞を守るべきとの考え方を根強く持っている人も少なくはなく、子どもに性を教える必要などないと主張しています。

わが国においても両極端な考え方がありますが、積極的に行うべきとする人たちの主張は、性についての「人権」を守るべきというスタンスに立っています。

【セックスには生殖だけでなく、快楽の面もある】

性教育を積極的に推進すべきと考える教育者たちの多くが、人は誰でも「性的な人権」を持っていて、それは他人におかされるべきでないものと考えています。性欲は自然なもので、生殖のためだけでなく快楽追求のための性行為も当然認められ、それぞれの個人がセックスの主人公になるべきであるとしています。性を「愛」だけで規定するのは困難で、ルールを設けることも難しい。極端な話ですが、彼らは「気持ち良くなるため」にセックスすることを否定しません。

性教育の役割は、生徒に正しく科学的な性知識を提供し、自立的に自らの体を管理できる「性的自己決定能力」を育てること。性教育の現場では事実と現実を教え、その先は生徒自身が自分で意思決定すべきであるとしています。

【相手を傷つけない、自分で責任をとる、が基本】

セックスは自由という考え方に立っていますので、相手を傷つけない限り、どんな性行為も容認します。婚前交渉は当然のことながら、若年だからといってセックスしてはいけない、と強く主張することもないようです。基本的に「TRY & ERROR」で学ぶべきとしていて、失敗を恐れてしないよりも経験して学習すれば良いとしています。「納得のいく人としなさい」というのが基本的な指導です。

マスターベーションについては有益な行為として否定はしません。無害であることを教え、自己認識のための行為であると教えています。ペッティングやオーラルセックス、アナルセックス、中絶等々についても個々人のプライベートな問題であり、自分で意思決定すべき行為としています。そのため、避妊については正確な知識教育が欠かせません。ただ、売春については「行ってはならない行為」と教えています。違法行為だからということではなく、売春を行う少女たちに共通して「親に愛されていない」という強い意識があり、そうした「反感」こそ解決しなければならない問題ととらえているからです。

性について積極的に教えるべきとする教育者たちは、基本的にはどんなセックスも容認するというスタンスで、そのために正しい性知識を教えるべきとしています。

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